2013年1月26日 若草山山焼き

・山焼きの由来
奈良県若草山(三笠山)山焼きは毎年1月に山焼きが行われる。
東大寺と興福寺による領地争いを、双方立会いの上で焼き払って和解したのが発端ともいわれてきた]が、
近年、その説は否定されることも多く定かでない。

奈良の冬季の恒例行事となっており、その写真は奈良を代表する写真として紹介されることも少なくない。

江戸時代以前からも行なわれていたらしいが、正式行事となったのは明治になってからで、
夜間に行なわれるようになったのは明治後半からである。

・山焼きの日程
太平洋戦争後は、長らく1月15日の成人の日に行なわれていたが、ハッピーマンデー制度導入に伴い、2000年~2008年は成人の日(第2月曜日)の前日(日曜日)に変更になった。

しかし、それでは日程がわかりにくく、以前より時期が早くなってススキやシバなどの枯れ方が不足して燃えにくい上、年によっては消防出初式の時期に近くなってしまい(山焼きには多くの消防団員の手が必要となる。民間人である消防団員の大量動員は休日であることが必要。)1月の第3土曜日(最も早い場合は15日になる)への変更が計画された。

ところが、花火の打上の時間帯が大学入試センター試験の英語ヒアリングと重なることで、大学関係者からの抗議を受けたため、もう一週間後ろにずらし2009年~2012年は1月の第4土曜日に実施されている。
なお正式日が天候不順の場合は、翌週あたりに順延されている。

山焼きが1月15日であった頃には、小正月行事として若草山麓に奈良市内の家庭から正月の注連飾りなどを持ち寄って「とんど」として燃やすことも行われていた。ハッピーマンデー以後は日程が合わないため注連飾りの焚き上げについては春日大社が1月15日以降の土曜日に「春日の大とんど」として飛火野に火炉を設置して実施してきた。第4土曜日に変更されて以後は、春日の大とんども山焼きと同じ日に実施されている。

・山焼きの撮影
山焼きを紹介する写真の中には、若草山全山が燃え、その上空に花火が上がっているものがあるが、これらは長時間露光と多重露出を施したものである(実際問題、火炎の中で花火を上げることはありえない)。

実際は、花火打ち上げ後、燃焼場所を徐々に移動しながら、最終的に山全体を焼いている。そこで若草山の写真撮影には、特有の撮影技法が必要となってくる。その技法は個々人によりノウハウがあり一定しないが、その撮影の難しさが逆に山焼き撮影の魅力となっている。

そのため毎年、奈良県内在住者はもちろん全国規模で撮影者が集まり続けている。

・撮影の困難さ
(1)一年に一度だけの一発勝負を強いられる
(2)花火と、徐々に燃えていく山と、市街地の夜景とを同時に撮影するため、露出の設定が難しい
(3)選択する花火と数が重要なポイント
(4)北風や多重露出時のカメラぶれ対策
(5)年によって異なる燃焼速度
(6)場所取りが重要(スウィートアングルが意外に少ない)・・・・の各項目が挙げられる。

魅力ある撮影であるが、場所取り(早朝~数日前より)についていけず、新参者がなかなか入りづらい面もある。

山焼きの撮影は、長時間露光が必要なため、かつては、バッテリー性能やノイズ耐力に弱かったデジタルカメラによる撮影は少なく、フィルムカメラの独擅場だった時期があった。

しかし、それらの性能向上に伴い、年々デジタルカメラで撮影に臨む者が増えてきている。

以上、ウィキペディア(若草山)より抜粋

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by ramble_24 | 2013-01-27 13:11 | 奈良県
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