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四十九日

今日、無事母の四十九日がおわった(^-^)

無宗教、家族葬でやって来たので、
その流れで四十九日も坊さんなし・・・・無宗教なので当然か(≧∇≦)ブハハハ!
それと極近い親類と孫の9人、ひ孫まで入れると10人で、
祭壇の前でベラベラと喋りながら焼香をすると言う。

これでいいのか?って感じですが、
手作り感丸出しの四十九日でした(^-^)

と言うことで写真ですが・・・・四十九日とは全く関係ありません(^-^)

写真はここをロ_ρ゛(・・ ) プチンッ
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by ramble_24 | 2015-04-26 18:15 | 奈良県

桜終盤

桜前線も近畿を通過し東北、そして北海道へ行ってしまい、
桜も終盤です。

散り始め、葉桜って言う情報が目立ち始めましたね(^-^)

今年の休日が雨・・・って言うことが多く、
あまり撮れなかったんじゃないでしょうか?

休日にしか撮影に行けないサンデーカメラマンにとっては、
今年の天気にオリャ(ノ-o-)ノ ┫←麻雀卓!!!ってしたいところですね。

そんな数少ない休日の晴れ間と言うか曇りと言うか、
雨の止み間に奈良県の大野寺へ行ってきました。

ここは樹齢300年の小糸しだれ桜の古木2本と紅しだれ桜10本がある、
小さなお寺です。その割には訪れる人が多く、晴れた日にはごった返します。
なので、ゆっくりと撮影するには今年みたいは時が最適(。-_-。)ポッ


と言うことで写真ですが・・・・

写真はここをロ_ρ゛(・・ ) プチンッ
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by ramble_24 | 2015-04-19 15:40 | 奈良県

流れる時間 sanpo

先日も書きましたが・・・・
母が他界してもう一ヶ月です。
ほんと早いもので徐々にですが、
母が居ない生活パターンも出来上がってきました。

そんな中でもやっぱり写真は撮りたいもので・・・
なんとか隙を見つけて撮影に行ってます。

ってことで、今は変なことで話題になってる長谷寺
で、家の近所のダム湖で撮ってきました。


と言うことで写真ですが・・・・

写真はここをロ_ρ゛(・・ ) プチンッ
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by ramble_24 | 2015-04-11 19:25 | 奈良県

逝く

久しぶりの更新です。

今回は・・・・
申し訳ありませんが写真ブログには相応しくない内容になっています。
それをご理解の上、お読み頂くようによろしく御願いします。

去る3月21日 母が他界致しました。
直接の死因は急性心不全・・・
心不全を起こした原因は大動脈解離でした。

土曜日なので家族揃って一緒に昼食を済ませ、
相方は14時過ぎに仕事へ出かけ、
おれはパソコンを操作しながらテレビを見ていると、
突然、母が「しんどい・・・」と言いながら、
愛用の座椅子へ倒れ込むように座りました。

そして、冷や汗を流しながら苦しそうな呼吸をしながら、
「ぐ~~~~~」と唸り声をあげました。

これはまずい!と直感し座椅子を倒し母を寝かせ、
直ぐに救急車を要請。

約5分後に救急車が到着し救急隊の処置が始まりました。

救急隊の呼びかけても返事はなし。意識はほぼない状態。

脈拍や血圧の測定など、必要な機材を装着し、救急車内へ搬送。
おれも慌てて保険証の用意や戸締りをして救急車内へ。

救急隊が病院と連絡を取っている最中に心肺停止状態になり、
酸素マスクを装着し人口呼吸と心臓マッサージが始まりました。

慌てて相方へ電話。
「ばぁさん倒れた。心臓マッサージしてる。すぐに帰ってこい。」

続けて長女に電話。
「ばぁさん倒れた。心臓マッサージしてる。病院へ運ぶから寧々(母が飼っているワンコ)頼む。」

続けて大阪で一人暮らしの次女に電話&メール。
「ばぁさん倒れた。心臓マッサージしてる。病院へ運ぶ。帰って来れるなら直ぐに帰ってこい。」

弟夫婦へ電話。
「ばぁさん倒れた。心臓マッサージしてる。病院へ運ぶ。」

叔父へ電話。
「ばぁさん倒れた。心臓マッサージしてる。病院へ運ぶ。」

5分、10分と心臓マッサージが続き蘇生してきました。
しかしながら自発呼吸がないため、人口呼吸をしながら救急病院へ搬送準備中に、
相方が仕事を放置して帰宅。

受入先の病院を伝えて、おれは救急車で一緒に移動。

おれが住む地域は3か所の病院で緊急の受入を当番制で回しています。
この日は最寄の病院ではなく隣の市にある病院が当番。
救急車で走っても3~40分は掛かります。

救急車はサイレンを鳴らし緊急車両の通過を知らせながら、
他車を避け救急病院へ30分程度で到着。

母は直ぐに処置室へ移動、医師による診察と治療が始まりました。

その後、相方が病院へ到着。

処置室からCT撮影のため移動していることを伝えていると、
母が再度処置室へ運び込まれ看護師から「家族の方、入って来て下さい」との呼び出し。

医師から他の家族へ連絡しておくことと、
CT室に入ったが再度心肺停止状態になったこと、
心臓マッサージを続けているが蘇生してこないこと、
後30分続けるが、それでも蘇生してこないことを覚悟する様に伝えられました。

おれは会社へ連絡。

そして、再度家族へ状況を説明し、
同じ市内に住む長女夫婦へは病院へ来る様に連絡。

約30分後、看護師から処置室へ入る様に呼び出し。
蘇生してこないことを伝えられ、諦めるかどうかの判断を促されました。

おれと相方は「ありがとうございました」と一言伝えると、
17時12分 医師より臨終を言い渡されました。

その後の処置を行った上で別室に運ぶので待合室で待機する様に伝えられ、
おれと相方は待合室で待機。

待機の間に車で病院へ移動中の長女夫婦を除き、
次女、弟、叔父、会社へ臨終を言い渡されたことを電話で伝え、
そして母が亡くなったことを会社へ連絡。

長女夫婦が病院へ到着し今までの状況を説明。
待合室で一緒に待機となりました。

しばらくして、母の亡き骸と対面。

病院の浴衣に着替えさせられていました。

看護師から筋肉が緩んで来て体液が出てくる可能性があるので、
鼻の穴などに詰め物をしていること、
死亡診断書は準備中であること、
ご遺体の引き取りの手配をするように伝えられました。

冠婚葬祭会社へ連絡し遺体の引き取り手配をし、
到着するまで母の亡き骸を長女夫婦と囲み、
泣いたり笑ったりしながら、母の過去のこと、
母と父は離婚していること、これからのことなど、
色々と会話していました。

小一時間もすると冠婚葬祭会社が到着。
死亡診断書をその方に預け、母の亡き骸を車に搬送。

おれと相方、そして長女夫婦が冠婚葬祭会社の車を先導し自宅へ向かいました。

自宅に到着すると弟が来ていました。

その横には冠婚葬祭の会社の方がもう一人来ていました。

冠婚葬祭の方が母の亡き骸を和室へ運び込み、
一人の方が小さな祭壇を作り始めました。

その間に葬儀の準備のことをもう一人の方と打ち合わせし、
家族葬で行うこと、無宗教であること、参列のお返しや香典のお返し、
祭壇の花やその札はどうするかなどなどを弟と一緒に決めました。

そうこうしていると、大阪で一人暮らししている次女が目を腫らし帰宅。
母の亡き骸と対面。

再度、次女にも状況を説明しました。

9時ごろ長女夫婦が、10時ごろ弟が、
翌日からの準備のために一旦帰宅。

11時ごろ次女が眠りにつきましたが、
おれと相方は眠ることなくリビングで一夜を明かしました。

翌朝9時ごろ次女が起床。
10時ごろ、叔父が到着。
12時ごろ、長女夫婦到着。
14時ごろ、弟夫婦と姪が到着。

それぞれ、線香に火をつけ母の亡き骸と対面。

15時ごろ、納棺師さんが到着し湯灌の儀を行い。

それぞれが母の亡き骸の体を拭いてあげ、
納棺師さんが白装束に着替えさせ死化粧です。

長女、次女、姪、相方がここをこうしてなどと、
生前の母の顔に近づくように注文を出していました。

そして、納棺し霊柩車へ運び入れ会場に移動です。

会場には、おれと弟が指定した祭壇が準備されており、
周りには手向けられた多くの花が・・・・・
おれたちは親族控え室へ移動し、
他の親族を迎え入れる準備と、
親族に挨拶と状況の説明を繰り返していました。

19時 通夜の始まりです。

家族葬、無宗教であることからお別れ会と言う形です。

司会の案内で母の昔の写真の投影、お焼香、喪主(おれ)の挨拶と進みました。
号泣しながらの挨拶で何を喋っているのか聞き取れなかったと思います。

通夜も無事終了し、家族葬にも関わらず弔問して頂いたご近所さんへ、
お礼の挨拶をして通夜の夜の食事を終わらせ、
会場に宿泊する人を確認し、担当者と翌日の打ち合わせを行い通夜の日は終わりました。

昨日は一睡もしていなかったためか、この日は良く眠れました。

でも、早朝5時に起きてしまい母が眠る会場へ移動。
母の顔を見て、線香に火を点けて時間をつぶしていました。

8時半 会場が準備してくれた朝食を済ませました。
普段は朝食を取らないおれですが、
この時は食べないともたないと思ったのでガッツリと食べました。

12時 葬儀の始まりです。

通夜と同様に司会者の案内で母の昔の写真を投影、子供たちが母に向けての手紙を読み、
お焼香、喪主(おれ)の挨拶と進みました。
そして、いよいよ出棺です。

霊柩車に母の亡き骸を運び入れ、位牌を持ったおれは霊柩車の助手席へ、
その他親族はそれぞれの車3台に分乗して斎場へ移動。

斎場は車で5分くらいのところです。

斎場では斎場の担当者の方が出迎えてくれました。

母の亡き骸が入ったお棺を炉の傍まで移動。
最後の別れを行いました。

炉の中にお棺が納められ扉が閉まります。
この瞬間があの世とこの世の境目の時間なんだと感じました。

相方は炉の扉が閉まるまで・・・・
「まだ何も世話してないのに」
「老々介護しよなって話してたのに」と、
泣き叫んでいました。

そんな相方の体を支えながら、おれは母を見送りました。

お骨上げまでの一時間ほど。

その間に会場で昼食を済ませお骨上げです。
もう、誰もが涙はありません。

不思議な感覚で斎場の担当者の説明を聞きながら、
お骨を箸で摘み壺へ入れていきます。
斎場から自宅へ移動。

自宅では冠婚葬祭会社の方が待っていました。
後の祭壇の準備です。

祭壇には小さな灯篭と花が添えられました。
遺影、位牌が置かれ線香に火が灯されました。

そして、自宅まで来て骨となった母を見守った親族も、
順次帰宅していきます。

最後はおれたち夫婦と大阪で一人暮らししている次女の三人、
そして、ニャンコ2匹とワンコ1匹です。

翌日には次女も大阪へ戻り、初めての夫婦二人きりの生活が始まりました。
リビングで聞こえるのはテレビの音だけです。
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by ramble_24 | 2015-04-06 22:56 | その他